大ちゃんファンブログだけど、震災にからめてゆづファンブログのようになる

今日は職場でも黙とうをしたのですが、お昼休みののまめたちも震災当時を思い出して話をしておりました。
オフィスが高層ビルの高層階にあるので、揺れも半端なく正直なところ死ぬんだなと思ったものです。
建物がぐるんぐるん揺れて、揺れが止まらないし。そもそも高層階だともうね逃げられないんですよ。
窓から見える他のビルもすごく揺れてて、東京タワーのアンテナが曲がっているのも見えたし、私の人生こんな感じで終わるのかなって、怖いけど妙に冷静で死ぬことを考えていたあの時。
現実的に一番リアルに恐怖を感じたのはフジテレビのほうから煙があがったのが見えた時だったかな。
あれ以来、宝くじで5億円あたっても高層ビルの高層階の部屋を買おうなどとは思いません絶対。

そんな話をしていた時、仙台出身の同僚がちょうど地震の時に仙台に帰っていて現地で揺れを経験したらしいのだけど、地域にもよるだろうけれど、家具が倒れそうにはなりつつも地震については精神的ダメージを受けるほどはなく、怖いと思ったのは津波のほうという話をしてて。
ふと思ったんだけど、一昨日だったか昨日だったかゆづのインタビューがヤフーにあがってて、未だに寝ていてもうなされることもあると語ってたんだけど、あれって震災で経験した恐怖を思い出してっていうよりも、マスコミに何度も何度も取材されて答えているうちにトラウマになっちゃったんじゃないかなと。
一昨日イケオタPたんと震災の話をしてて、彼女が阪神大震災の時は逃げたくても逃げられなかったから、逃げられるくらいの揺れだったらまだましだよと言っていて。
ゆづはリンクから逃げ出せるくらい動ける状態ではあったので、逃げたくても逃げられない揺れではないとも言えるわけで。
逃げられる恐怖と逃げられない恐怖、どっちが怖いかというと逃げられない恐怖のほうが怖いだろうし。もちろん地震の恐怖はあるだろうけど、それだったら多分群馬だとか栃木とかのほうの人たちも結構揺れたので、うなされるくらいになっていてもいいと思うのだ。
なので、ゆづの震災のトラウマは、震災直のトラウマではなく、何度も何度もマスコミにインタビューされたために、記憶がフラッシュバックしていてなったのではないかなと感じる。
震災当時、避難所に避難している被災者にはインタビューを受けることによってPTSDに至ってしまうことも考えられるので、安易にインタビューしないようにという配慮もされていたし、心理カウンセラーも避難所には派遣されていたくらいだから、ゆづが被災者としてのインタビューを受け続けているというのもトラウマになりうる可能性はある。
ちょっとね、どうしてもゆづの被災者としての発言が腹におさまらず。どこに原因があるのかと勝手に推測した。
マスコミやゆづファンの多くは、ゆづの被災者としての発言を絶賛しているけれど、あれだけ何度もメディアの前で震災を語らせることへのゆづの影響を考えている人は少ないと思う。
先日話に書いた、ゆづファンのイタコの子孫のいたろうさんみたいな人もいるけど、下手に被災者ゆづに対して意見が言えないと言う気持ちもあるんだろうけど。
ゆづの事を好き嫌いはひとまずおいといて、未だに寝ていてもうなされると言っているところからすると、相当きていると思うんだけど。
ネット内をちらっと見る限りでは、ゆづの震災がらみの発言について、19歳にしては立派だ尊敬すると絶賛している人たちが大半だけど、彼自身の発言を見て、彼の精神面の心配をしている人がいないことにある意味驚く。ゆづファンのイタコの子孫いたろうさんがののまめブログまで来てコンタクトをとってくるくらいだから、ゆづファンブログで繰り返し震災についてインタビューを受けるゆづへの精神的ダメージについて書いている人は少ないのかもしれない。

話はちょっとずれるけれど
震災後に被災された主婦の方だったかと思うけど、日本中が自粛ムードになっていた時に
ラジオのインタビューに答えられてて、ちょっと今思い出してその発言を検索したのだけど、検索にたくさん出てくるのでそれだけ多くの人の心にしみた言葉だと思う。
「私たちは他人の幸せや喜びを妬むほど落ちぶれてはいません。みなさんどうぞ我慢せず楽しい時は笑い、嬉しい時は喜んでください。私たちも一日も早くみなさんに追いつきます」
もちろんこの言葉の裏には悲しみもあることもわかるし、けれど希望もあって、逆に東京にいる私もこの方のこの言葉を知って当時心に温かいものを感じ、こういう究極の状態で笑い喜ぶ人たちに追いつきますと言う高潔さに涙が出たのを思い出すのだけど。
また、津波のなか数日後に救助されたおじいちゃんが自衛隊に助けられて家から出てきた時
「チリ地震も経験してるから、また再建しましょう」
と笑顔で言ったその顏は大変な状況から救助されたにも関わらず仏様のようで印象に残っている。高齢のおじいちゃんがまた再建しましょうと力強く言う。誰かに再建してくれというのではなく、みんなでまたがんばればいいでしょというやさしさを感じた。
そして、一昨日の日曜日ちょうどチャンネルを変えたら、仮設住宅に住んでいる女の子が他の被災者のために自画撮りでビデオカメラに向かって、笑顔にっこりと言いながら撮影した映像が流れていたのだけど、印象に残っている人たちの発言や言動は被災地の人たちみんな同じ視点でいるように思う。発言の仕方はさまざまだけど。

そういえば、震災後東北の人たちの行動を見たタス通信がロシアの記事に
「人間の連帯が今も残っている」と書いた

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2011/03/13/kiji/K20110313000421270.html

こういうのを見ると、みんなで頑張ればいいのであって、ゆづが被災地背負うこともないと思うのだけど。


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1. 未だに動悸がします。

19年経ちましたが、少し振動があると未だに反応してしまいます。あの日、揺れがいったん止まってわたしがしたことは、タンスの下敷きになって窒息しそうだったふとんから這い出て逃げ出す事でした。逃げ出すことが出来たのは、揺れがたいしたことなかったからではなく生きようとしたからー状況も場所も違いますが、ゆづも同じだったのではと思います。眠れないことがあるのは、彼が実際に体験した恐怖なのだとわたしは信じます。それとは関係なく、わたしは大ちゃんも真央ちゃんもみんな大好き。フィギュアスケートが好きで良かったと心から思ったソチの時間でした。

2. 考えさせられました

こんにちは。

考えさせられる文章でした。
何度も語っているうちにトラウマになる・・・あるかもしれませんね。
震災のことは忘れてはいけないのだろうけど、とらわれすぎるのも悲しいことかと思います。

私は一応被災地といわれている県に住んでいます。
家は住めますが、塀は壊れ、電気は止まり、1週間完全断水でした。
線路が壊れたので電車が1ヶ月ほど走らなかったのですが、そんな中「チケットあるし、どうやって東京まで行って世界フィギュアみよう」って思っていました。
震災はあっても楽しみにしていたものには行く気満々っだったのが不思議です。
自粛は被災地でない人が言っていることと感じていて、なんか違うなって思ってました。

本当に悲しい思いをした方や大変な思いをした方はたくさんいると思うし、それどころでもなかった方もいることに思いをはせなければならないとも思います。
でも、「誰かが背負うものではない」は同感です。

3. こんばんは。

寝る前に読んで、コメントしたくなってしまいました。
ゆづの震災を語る姿について、私もののまめさんと同じ感じ(違和感?)を持っていて。
今日のお話も、全く同意です。
ゆづのトラウマの素になっているもの。
それから、いまだ私の心の中に強く強く残っている被災された方のふたつの言葉も。

ゆづには・・・なんかこう、バーンと背中をたたきつつ、
「ひとりじゃないって!!だいじょぶだって!!」とか笑って言ってやりたい気もします。
いや、むしろだいちゃんにこそ、そんなこと、してあげたいですが。
二人とも、私らの見えないところで、いろいろな心の澱を吐き出せていればいいと思いますが。

3.11は、また「昨日」になりました。
そして、みんなに等しく新しい「今日」が始まった。
いっしょにひたすら生きていけたらいいと思います。

P.S 私もだいちゃんの胸元Vネックは録画を見直してしまいました。 

4. 私も好き嫌いは置いといて

ホントにそう思います。
心の片隅に置いておこうとしても、メディアの作る美談のための無神経な質問に、記憶を何度も何度も掘り返され被災者代表としてという意識が過剰に強くなってしまっているのかなって気がします。
しつこく何回も言われ続けると刷り込まれて、頭から離れなくなりますよね。

大輔君が痛い脚を酷使し怪我をした一因がメディアの作った世代交代の風潮を刷り込まれたからとも思うので。
結局、メディアは人の心などおかまいなしに自分たちの作るストーリーに選手を使っているんでしょうね。
選手の気持ちに寄り添えないから無神経な質問や番組になって、見ていて不快な事が最近多すぎます。

5. 震災はデリケートな話で

今日も考えてたんですけどね。
私もやっぱり、ここしばらくの震災当時の映像とか、阪神大震災の時の映像もでてきたけど、あれを見ていると動悸がするので、長い時間見てられないんだけど、意識ある時に見て動悸がするのと、寝ている状態でうなされるほとっておとは、多分私たち以上にゆづには精神的に負担にはなってるんじゃないかなとか思うんですけどね。マスコミだけでなく震災後各地にいってたわけで、その都度聞かれただろうし。
もうそろそろ、本当にスケ連なり代理人の人たちは震災がらみのインタビューについてはコントロールしたほうがいいのではと思うんですけどね。
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