「がんばろう神戸」の言霊

自分の思いを文字にするということは結構自分の中で不明瞭な部分が明確化することもあるんだなと思った。

昨日はアメンバー限定で、阪神大震災の頃のオリックスの選手たちのユニフォームに書かれた
「がんばろう神戸」
の事を少し書いた。

ここからは、ゆづの金メダルに嫉妬しているバカで心の狭い大ちゃんファンのののまめの気持ちである。
ゆづの金メダルを見て、大ちゃんにとって欲しかったと言う思いがあり
真ん中にあがった日の丸が大ちゃんの揚げた日の丸じゃないんだと思うと胸が締め付けられるてしまうので、未だゆづの表彰式は見れない私です。

そんなバカな大ちゃんファンなののまめ、ここのところゆづがテレビに映ると速攻でチャンネルを変えています。
大ちゃんが金メダルをとって欲しかった嫉妬ゆえかと思ったりもしていたのだけど、もちろんそれもあるんだけど、どうも違うような気がしてきて。
なぜならば、ゆづが金メダルをとった時は、たしかにくやしかったけれど、大ちゃんが凄くいい演技をしたし、まちがいなく男子の中では一番だったと思う。だから大ちゃんと同じく、しばらくしたらゆづの金メダルを受け入れられた自分がいたんだけど、しかしその後ゆづがインタビューに答えているのを見るたびに、動悸がしてくることが多くなって、特に震災がらみで頑張るゆづや、東北の人たちのためにがんばるというような優等生な発言などをきくたびに、胸にもやもやしたものが湧いてきて、今やゆづがテレビに映るとチャンネルを瞬時に変えざるおえないようになってしまいました。
何が原因なのか?あきらかに嫉妬というのとは違う気持ちがあるわけで、この気持ちがわからずにいたのだけど
昨日、阪神大震災の時のオリックス選手たちのユニフォームに書かれた
「がんばろう神戸」
の文字について、自分で文章を書いてみて、そして今日ふと電車に乗ってそのころの事をを考えていた時、私の中では未だ阪神大震災はトラウマになっているのではないかという結論にいたったのであります。
そんなわけで、震災がらみで苦労をした話だったり、被災地のためにがんばったというような話を見るたびに憂鬱な気持ちになり、とうとうゆづの顏がテレビに見るだけで、もう拒否反応がでてきてしまうようになってしまいました。
もちろん、元々雑誌なんかで語る発言などを見ても、ゆづの考え方が自分と相いれない部分があったのでその違和感が明確になったかなと感じたりしています。違和感を感じながらも彼はまだ10代の子供だからと自分に納得させていた部分もあるけれど、でもやはり子供だからと思っても彼の考え方は私はちょっと受け入れられない部分がありました。

まずは、阪神大震災のトラウマについて書いてみようと思います。

私の阪神大震災の記憶は、地震がおきた時、ベッドから体が宙に浮いて、すぐ逃げようにも身動きできずにいたことです。
経験したことのない上下の揺れ。
まるでベットがトランポリンのような感じで、身体がコントロールできず動けない状況でした。しかし私のところは、被災地からは遠くはなれ被災地域でもなんでもない一地方都市。。
被害も我が家の被害は壁にひびがはいり、玄関のタイルが割れた程度。
その後、ニュース映像で震源地ちかくの被害状況を見ても、あまりに見たことのない光景に映画のワンシーンようで現実感がなく、悲しいという気持ちも怖いという気持ちも最初は感じず、逆に自分でも妙なほど平静でいた記憶があります。
たぶん平静でいようとコントロールしていたのかもしれないけれど、とにかくいつもの日常を送ろうと変に意識していたというか。
トラウマになったというのは、やはり関西には親戚もいるし、知り合いもいるし、顔見知り程度の人もいるので、その中の何人かが亡くなってしまったり、家に住めなくなってしまったりという現実を知るにつけ、徐々に地震の怖さを実感しました。
そんな震災の年オリックス選手たちがすごく活躍して、被災地のみならず陰鬱になりがちな西日本を元気にしてくれたと思います。
その時、そして今もその文字を見て心のなかがほんわりと暖かく感じるのが
「がんばろう神戸」
の文字です。オリックスの選手たちのユニフォームやヘルメットに書かれたその文字は、「がんばれ神戸」ではなくがんばろう神戸」
選手たちも被災者もおなじ立場でみんなで一緒にがんばろうという気持ちのはいった言葉です。

もし、この視点がゆづにあって、そして金メダルのインタビューや被災地への気持ちを語ってくれたら、たぶんゆづがテレビに出たらチャンネルを変えることはないだろうと思う。

ニースワールドの頃の記事

羽生 初の大舞台に「東日本大震災の象徴として」

初出場の男子ジュニア世界王者・羽生はやや精彩を欠いた。トリプルアクセルで転倒するなどジャンプが不安定だった。 
 拠点は東日本大震災で損壊したアイスリンク仙台で3月11日には同リンクでの復興イベントで演技を披露。
「震災直後は被災地代表と扱われるのがすごく嫌だったけど、今はみんなの記憶が薄れないように東日本大震災の象徴として滑りたい」と話していた17歳が初の大舞台で躍動する。[ 2012年3月28日 06:00 ]

http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/03/28/kiji/K20120328002922700.html

そして、それ以前からもちょっと違和感があったのが、震災の象徴としてという言葉です。どうにもこの言葉がひっかかっていて、今一つゆづにはまりきれない私がいました。それでもニースあたりまではゆづも応援していました、まちがいなく。
なんだかなと思ったのは、オーサーのところへ行ったくらいから。
これはもう女子選手ファンの多くは、なんだと?と思ったと思いますが、私もなんだと?と思いました。
そしてスケ連はゆづに早々に金メダルをとらせるつもりだなとも思いましたが、それについてはいずれどこかで書きますが
話は戻って

「震災の象徴として」

これは自分で言う言葉ではないと思うのと、視点が被災者と同じ目線ではないということ、象徴とはその頂点に立つということ、丁寧な言い回しながらも気持ちのおしつけを感じたこと。
がんばろう神戸の言葉に元気づけられ癒された経験のある自分にとっては相いれない言葉なわけです。そしてそれがやはりゆづの演技にもそれが出ていると思うし。

そんな中、やっぱり高橋大輔というスケーターが好きだなという気持ちの上に、人間として好きだなと本当に思ったのは、東日本震災チャリティー演技会、通称神戸チャリティーでの発言です。

「演技会の時は来ていただいている人に楽しんでいただいて、少しでも協力することでたくさんの復興への気持ちがあるんだよっていうことを知っていただければ…。勇気づけようとかそういう大きなことは思っていなくて、そんな気持ちがあるんだよってことが伝わって欲しい」

大きなことを言うのではなく、復興への気持ちがあるということだけ伝わればといそのささやかな気配りにグッときて、大ちゃんへの応援にも熱が入るようになったわけです。
そしてそのささやかさが、全ての人と寄り添おうとするその姿勢が好きになりました。

気持ちの押しつけということで、今日帰りの電車の中で阪神大震災後に出会った人のことを思い出して少し涙がでてしまったんだけど
それは、阪神大震災のあと何年後か忘れたけれど、結構たってからのこと
仕事の関係で神戸に行き、たぶん30代くらいのサラリーマンだったと思う。
最初はたわいもない話をしていたんだけど、いつのまにか震災の話になった
覚えているのは
「自分は両親を殺してしまった」
という衝撃的な言葉。
地震で家が崩壊しその下敷きにご両親がなってしまい、一生懸命助けようとしていたけれど一人ではどうしようもない。
二人とも下敷きにはなっているもの倒れた柱の陰から元気な声が聞こえ自分たちでもなんとかしようと動いているのも見えていたという。そんな時に近くから火事が起こり、一刻も早く両親を助けださなくてはとがれきをどけようと必死になっていたけれど、どうにもならず。
自衛隊員も駆けつけあちこちで救助をしているけれど手がまわらず、涙をためながら「すみません」と言いながら火元に近いほうの人たちを助けるために走りさっていってしまう。
それでも一生懸命両親を助けようとしていた時、とうとう火が近くまで来てしまったその時にご両親が彼に言ったのは
「俺たちはもう十分生きた。お前が無事ならそれでいいから逃げろ」
と言ってくれたこと。ぎりぎりまで助けようと努力したけれどどうにもならず、両親をおきざりにせざる負えなかった自分をせめて子供のように泣きじゃくっていた。
私はその時、どんな言葉をかけることもできずただその話をきいていただけなんだけど
それだけの事に
「ありがとう」
と言ってくれて、そのあと
「はげまされなくてよかった」
と言っていたこと。
考え方はひとそれぞれだとは思うけど、ただ寄り添い話を聞く。

そんな私の過去の経験が、ゆづのみんなのために自分がという気持ちが重くるしく感じてしまうようになってしまったんだと思う。
多分しばらくは、ゆづの顏は見れないと思う。
私の中で、阪神大震災とそして東北大震災のトラウマが相まって苦しくなってしまうからだ。

やっぱり私は、大ちゃんのように被災者の気持ちは正直わからないと言いつつ、わからないながらも、大きなことを言うのではなく、同じ目線になってささやかな努力をしてくれたり、手をそっとさしのべてくれるような人のほうが好きだ。
私が高橋大輔の演技が好きなのは、彼の性格がそこに出ているから。

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1. 無題

私も同じ気持ちかもしれません。
私は京都なので被害はたいしたことはありませんでした。ただ地震には慣れていない土地柄です。あの早朝の揺れは恐かった。テレビをつけて映し出された光景に愕然とした。神戸や大阪には友人も住んでる。(見知った人たちに被害はありませんでしたが)今でも記録にも残らない程度の地震でさえ固まってしまうほど怖かったり。
東日本大震災を経験し今でももとに戻れていない方はたくさんいるでしょう。悲しみの中にいる方もいるでしょう。彼の言葉には何も感じられないんです。言葉は悪いですが震災を都合よく利用してるとしか思えないんです。
自らを震災の象徴だなんてふつう言えない。

私が大ちゃんファンだからかもしれないけれど、大ちゃんのいつも人に寄り添う言動が好きです。目立たない行動であっても必要としている人に必要としていることを、言ったりやったりすることを自然とできる。私もそういう人間でありたい。

大ちゃんや賢二先生が「神戸」でやり続けてくださること。そこにどんな意味があるのか彼にもわかってほしいです。

2. 同感です

初めまして
東北地方在住(被災県ですが海沿いではないので大した被害はありません)です。
髙橋選手を応援しているので楽しく読ませていただいております。
羽生選手、シニアデビュー時は応援していましたが、被災後のマスコミの取り上げ方(当然、そこには上層部の企みがあったと思います)、オーサー師事のあたりから違和感を覚えました。

東北地方の子供たちがソチに行った時に対応したのが、震災の象徴という羽生君ではなく大輔君なんですよね。
(私が知っている限りの情報です、羽生君も対応していたなら謝ります)
丁寧な言葉遣いだけど、心が感じられない
被災し、大変な生活をして葛藤があったのは理解しています。だからこそ、同じ目線でいてほしいと思うのです。
私が髙橋大輔に惹かれているのは、スケートに対する真摯な姿勢と、その人柄。
だから永久にエースは髙橋大輔。

3. とても感銘しました

私は被災者でもなければ被災地域に住んでいる者でもないので、偉そうな事は
言えませんが、ののまめさんが羽生くんに抱いている違和感は恐らく自分の
感覚と近いものがあるように感じました。母に言わせれば、まだ19歳の子供
なんだから連盟に入れ知恵されたんでしょ、と言います。ですが、たとえどんな
入れ知恵であっても、大輔さんなら自分を震災の象徴に例える事は、19歳で
あったとしてもしなかっただろうと思うのです。
そして私が一番不快なのは、
マスコミが羽生くんからいつでもそういった発言を引き出そうと虎視眈々と
狙っている点です。そして頭のいい彼はそのマスコミに受けるような応えを
提供してしまう。それが計算されたものなのか、天然なのかは判りませんが、
疑り深い自分には前者に見えてしまう時がある。

ののまめさん、勇気を持ってよくぞ書いてくれました。大輔ファンの自分が
このような事を自身のブログに書くと、単なるアンチ羽生くんにしか見えない
だろうと思うので書かないできました。彼がもっと大人になって違う視点で物事を
捉えられるようになった時、彼の演技が私の心に響くかも知れません。

4. 無題

初めまして。
いつも楽しく拝見しています。
私は実家が全壊しましたが、家族は無事でした。(未だに借家住まいです)
家族を流されてうちひしがれているたくさんの人たちを前にすると、
自分も被災者だなどとはとても言えません。
そんな私からみても羽生君の発言の数々には疑問を感じていました。
確かに怖い思いはしたでしょうが、
2~3日避難所で過ごした位で生きるのに精一杯だったなんてよく言えるものだ、と。
私なんかよりもっと辛い目にあった方達は彼の言葉を聞いてどう感じているんだろうか…
また被災者アピールが出るかと思うと拒否反応が出て、彼の顔が映った瞬間チャンネルを変えるようになりました。
被災地では冷めた目で見られていると思いますよ。
ここにきて、被災地から募金を受け取った記事も出ましたし、今後彼はどうしていくつもりなのでしょう。

5. はじめまして。

いつもブログ拝見しております。

私も大輔さんの大ファンです。そしてやっぱり表彰式見れないでいます。
実はソチにも行って観戦してきました。もちろん日本人ですからすべての自国選手の応援はしてきました。でも、フラワーセレモニーを心から喜べない自分がそこにはいました。
ゆづる君ファンの方にいくら魅力を力説されようと、いくら彼がパーフェクトな演技をしようと、どうしても受け入れられません。
大輔さんの大ファンだからという事では説明がつかない感情がそこにはありました。
ニースワールドまでは私も確かに応援してました。


今回のののまめさんの記事を読んで、私の中のモヤモヤの理由がはっきりしました。まさに、ののまめさんのおっしゃる通りだと思います。

私が大輔さんに魅了されたのは、2011年N杯のVAS、ブルースが始まりでした。そして初めてフィギュアを生観戦したのが2012年の神戸チャリティでした。
素晴らしい演技はもちろんのこと、そこに流れるとても温かい思いやりにとても感動しましたんです。

私は神戸在住、私個人の家族や家に被害はありませんでしたが、19年前の1/17の出来事は一生記憶から消える事はありません。
「がんばろう神戸」
そうですね、言われる通り大輔さんととても通じるものが確かにありますね。よくスタジアムにも通い、オリックスの選手達と神戸市民全員で力を合わせて立ち向かってたような感覚になったものです。
あの時に寄り添う事の大切さを学んだ気がします。

だからこそ、私は大輔さんの演技にすごく魅かれるのでしょうね。
なので、これからの大輔さんを、感謝と尊敬の念を持って応援し続けようと思います。

何かまとまりのない文章になってしまいましたが、コメント書かずにはいれませんでした。

これからも楽しみに読ませていただきます!

6. 同じ気持ち

7. 同じ

http://blogs.yahoo.co.jp/yqt00121278/12000073.html

訂正です、こちらでした。ごめんなさい。

8. 無題

はじめまして
いつも楽しく読ませて頂いています。

震災後、東北で暮らす親が『高橋大輔がね、来てくれたんだよ!!ステキだったよ!ありがたいね』と言っていました。
世界のトップ選手が田舎の小さなリンクで滑ってくれたことに驚き、感謝しました。

大ちゃんはいつも多くを語らないし、そのために伝わらないことも多いのかな?と思いますが、大ちゃんは等身大の大ちゃんで何かを利用するようなことはしないと感じます。

私は羽生が震災とセットで報じられるたび思うんです。
『震災を最大限利用しているな』って
そう感じるんです。

そして『高橋大輔を最大限利用したんだな』って

9. 初めまして。

いつも楽しく読ませていただいてます。全く同感です。私は05年から大輔君を応援していますが、ニース以降の羽生君に対するモヤっとは増すばかりです。金メダルを取らせる為の2年計画に大輔君が巻き込まれたんだなと最近思っています。「金メダルがこれからの人生を明るくしてくれる」って言ってましたが、本当に明るくなるかはメダル獲得後のこれからの言動にかかっている事に気づいてないなと。大輔君の次は羽生君とスケ連が考えていたなら、日本に残し大輔君のしている事、してきた事を何故そばで学ばせなかったのか。国別みたいな団体戦はずっと不参加ですよね。せめて、ななみ先生もついて行くべきじゃなかったのかな。やはり、今の大輔君があるのは多感な時期に親元を離れても、長光先生がスケート以外も厳しく指導した事が大きいと思うので。大輔君の発言は自分に求められる事を瞬時に理解し、誰も傷つけずにわかりやすく答えるのが本当にすごい。ハァ、私もテレビは見れません。

10. 私だけじゃなかった…

私はずっと関東圏内で暮らしているので、神戸の震災も東北の震災も、報道などでしか知りません。厳密に言えば、東北の震災は私の住んでいる地域もかなり揺れましたし、その後の電力問題、物資の不足などの混乱はありましたけれども、本当の被災地の惨状とは比べ物にならないですもの。”私も大変でした!”とは、とても言えません。
私も羽生君の「これからは震災の象徴として~」の言葉に、耳を疑った一人です。これニースワールド後だったか、仙台N杯の時の言葉だったかあいまいなのですが、自分で言っちゃダメでしょう!と思いました。
彼、言うことは立派なのですが、今一つ行動が伴っていないように見受けられます。チャリティショーをキャンセルしたりもしているようですし。
なにかこう自分を立派に見せたいのかな?という感じを彼のインタビューから、たびたび感じるので、個人的に苦手で話を聞いていると疲れてしまうので、TVのチャンネルを変えてしまいます。
同じように感じている方がいて、ホッとしています。
わたしも大ちゃんのあったかい人柄が好きです。大ちゃんが、「神戸のチャリティ演技会を”高橋大輔”の名前が使えなくなっても続けていきたい」と言ったとき、まだ彼が高校生くらいの時、海外遠征先で、横断報道をわたっているときに、杖を突いて歩いている足の不自由なおばあさんに最後まで付き添っていたという話を思い出します。彼は変わっていないんだと…。

11. ヒロ

こんにちは。

みなさんと同じ気持ちです。
スッキリしました。

羽生君の発言は震災、震災と何でも震災に結びつけて、イラッとしてました。
まだ19歳..
若者らしい素直な発言をすればいいのに。

私も羽生君がテレビに出ると、チャンネルかえます。何か受け付けない感じです。

今回のオリンピックのメダルも最初から決まっていたのでしょうね。
日本人がオリンピックで二人も表彰台には上がれません。
大ちゃんの点数も抑えられたのでしょう。
日本スケ連も承知の上で..。
髙橋より羽生をお願いします..
まぁ想像ですが..。((笑))

髙橋大輔を踏み台にして、金メダル
さぞかし優越感でいっぱいなんでしょうね。

ひがみ?と思われても仕方ありませんが..

本当にスッキリしました。

ありがとうございます。



12. 感覚の違い?

いつもROM専なのですが、ののまめさんの今回の勇気ある記事に感謝してひとこと(長いけど)。
たぶんゆづのインタビューって気になる人にはすごく引っ掛かりがあると思います。
でも気にならない人には、するっと偉いなーとなるんでしょうね(ある意味うらやましいというか)。
でもそれはほんとに感覚の違いかなと。

しかしながら今回は唯一の金メダル。
マスコミが持ち上げるのはしょうがないとしても、なんだかゆづもかわいそうな気も。

だって新しいスターとしてオリンピックまで(スケ連が)着々と準備してきたと思うんだけれど、全日本では高橋流血の復活劇に民衆の気持ちをもってかれ、今回のオリンピックでは、またしても真央ちゃんのどん底からの神演技、またしても天然のシナリオクラッシャー登場ですよ。。。
台本通りにはなかなかいきませんねと思ってしまうのです。
彼もかなりスター性があるとは思うのですが、やはり養殖ものは天然ものには負けちゃうのかなー。

因みに今回大ちゃんの6位はエキシビで世界のクイーン真央ちゃんをエスコートするために神に決められたのかと勝手に納得してしまいました。
真央ちゃん茶番のトラウマが無くなってほんとよかったー!

13. 本心からなのか?

私は仙台市民です。あの日の恐怖を忘れることはできないし、忘れてもいけないと思います。阪神淡路大震災を体験した方も今でも苦しんでいる方がいると聞きます。でも、少なくとも私の周りには、自分は被災者だから大変なんだ、と口にする人はいません。実際に津波で家や家族をなくした人もです。心の中でどれ程悲しんでいても、皆互いを気遣って支えあっています。被災者が~と言うのなら、むしろ被災地の人間としてはすぐに地元を離れた人に、遠くから被災地を語ってほしくない。○○の象徴、というのは他人が評価することであって自分で言うことじゃない。彼の回りには同じような人しかいないんでしょうか。人の周りにどういう人が集まるかは、本人次第だと思っています。大ちゃんの周りに多くの温かい人がいるのは、大ちゃん自身が温かく優しい人だから。彼がいつまで被災地を利用するのか分かりません。被災地の人を却って傷つけていることに気づくことはないのでしょうね。

14. 初めまして 長くなりすみません。。

ロム専ですが、いつもブログ読んでいます。
言葉にしてくれてありがとうございます。

関東在住ですが、田舎が岩手の海の真ん前で、今も家族や友人、親戚が住んでいます。親族の大半は海の仕事をしていて、震災当日は泣きながら、安否連絡を待ちました。映像を見て、もうダメかもしれない…と。
幸運にも命は助かり、連絡を受けたときはふるえましま。もちろん、亡くなられた方も多く、家が流された方もおりました。何もできない自分がもどかしかった。故郷の変わり果てた姿が残酷だった。

☆私はトリノからの生粋の大輔オタク

羽生君がシニアにあがってから、応援していました。(もちろん一番は大輔)
ニースもうれしかった!
しかしここ数年震災に関するコメントにはモヤモヤ。

そしてオリンピックで、彼の顔が見れなくなった。
ののまめさんと同じく、表彰台も見れてないし、チャンネルもかえちゃう。

あれ?私、羽生きらいになった?

モヤモヤの理由は多分ふたつ。

一つは、羽生君を応援してたのは、大輔より格下の男子選手が出てきて勢いがあるから。でも気づいたら大輔を追い越すほど強くなった。つまりは嫉妬です。大変失礼だけど、格下だと思ってなめてたんだよね。ごめんなさい。

二つ目は、ののまめさんが言う違和感。
部外者の私だけど、羽生君の発言に違和感。でも違和感の理由がののまめさんの言葉で明確になった。
そう、大輔のように、オリックスの方々のように寄り添ってほしいのだと。
象徴と言う言葉は使い方が間違っている。利用しているように感じてしまう。(違うと信じたい)
でもまだ19歳の子供。←でも親は象徴って言葉に突っ込まないのかな?

もちろん羽生君の言葉で、忘れかけていた人たちが震災を思い出すと思う。地元の人が盛り上がると思う。

それは良いこと。
ただ心の狭い私は、大輔に金メダリストとしてこれからも寄り添ってほしかった。それを日本中のに知ってほしかった。

文書めちゃくちゃでごめんなさい。
モヤモヤして心から祝福できない自分を恥じてました。ありがとうございます。

15. 無題

はじめまして

たまたま観た全日本で、高橋選手の演技に心を揺さぶられて、急にファンになった全くの素人です。ブログにコメントも初めてです。

私も羽生選手のニュースがみられません。
はじめは高橋選手を応援していた自分の心の狭量を恥じていましたが、ののまめさんの文章に涙が出てしまい、これだったのかと納得できました。

私は神戸出身です。目の前に淡路島が見える場所で生まれ育ちました。
揺れた日のことは思い出したくないです。幸い、身近な人は無事でしたが、つらい別れもしました。
オリックスにはとても励まされました。スポーツが与えてくれる勇気を知りました。熱烈な野球ファンではないけどグリーンスタジアムに行くのはとても楽しかった。スタジアムを包む空気がとても優しかったから。「がんばろう神戸」と言うフレーズは今でも心の大切なところにあります。


本当に寄り添ってくれるなら、みずからを象徴というより、もっと違うアプローチがあるのでは・・・
公式の場で報奨金を寄付するとかっこよく言い切った彼が残念です。

全日本の人間味あふれるスケートにひきつけられ、高橋大輔さんを知るほどに応援したくなる気持ちも、彼の人柄に惹かれたからだとつくづく思いました。

まとまりありませんが、おもわずコメントさせていただきました。

16. 何回も読ませていただきました!

ブログもコメントも何回も読ませていただき、ただ泣きました!声をあげて泣きました!私も最初は大輔さんの演技に魅了され、カッコ良さに引きつけられましたが、こんなに長く、益々フアンであり続けられたのは、大輔さんの謙虚で、素直で、明るくて、優しい人柄に惹かれ続けたからだと思います。色々教えてくださり、ありがとうございました!

17. 今更ですが

すみません、この記事、以前に読んでいたのですが、そのときはコメントが書けませんでした。でも、このところの羽生君フィーバーに、どうしても黙っていられなくなりました。

どこで読んだか忘れましたが、大輔さん、昨年だかの国別対抗、体調がよくないので、欠場を検討した。しかし、スケ連の規定で、チャリティーに出る場合、その2週間前に開催される競技会には必ず出なければならないので、神戸のチャリティーに出られなくなるのを避けるために出場したと。(間違った情報だったらごめんなさい)

私も、シニアデビューした頃の羽生君は応援していました。でも、最近の彼は応援していません。初めは大輔ファンの自分の嫉妬か?と思っていましたが、ののまめさんや、他の方と全く同じ感情なのです。震災後、すぐに日本を離れた彼が、自分で震災の象徴と言うなんて……。報奨金の寄付も、黙ってやったらもっとかっこよかったのにと。

大輔さんは、神戸のチャリティーだけでなく、スケート場の閉鎖を救うために募金を呼びかけたり、震災後の東北にも出かけたりと、それこそ自分にできることを、声高に叫ぶこともなく、当たり前のようにやり続けている。多くのスター選手が引退した後のフィギュア界のことを考え、自分は現役を続けた方がいいのかと悩む。彼が「日本のエース」と呼ばれるには、それなりの理由があるのです。強いだけじゃない、リーダーにふさわしい振る舞いが、自然とできる人だからなのです。
羽生君が今後、エースと呼ばれるのであれば、ぜひ、大輔さんのそうした言動を学んでほしいです。

18. 無題

私は関西人です。あの阪神大震災の時、主人は四国に向けて高速道路を走っていました。まつたく連絡が取れず、やっと電話があったのは3日後でした。1分足らずの会話でしたが本当に無事が嬉しかった。それから3日後に帰って主人の口から聞いたことは今でも忘れられません。あの時主人は高速道路の上にいたそうです。空が突然真っ白になりトラックが左右に大きく揺れ、道路のあちこちからおおきな砂柱が上がったそうです。これ以上詳しい事は書きませんが、もうだめかと思ったと話していました。仕事がら東日本大震災の時は復興のため、震災後すぐに福島県に行きました、鳥取の地震の時も、昔は普賢岳の噴火の復興なと、その都度聞く話は、重く私の中に残っています。自然の前には人は無力で、今、目の前で笑っていた人が突然消えてしまった現実、それを受け入れるまでどれほどの時間が必要か、もしかしたら生きてる限り受けいられないのかもしれない。震災の象徴と誇らしげな顔で彼が言った時、彼の演技にも彼自身にも惹かれる事はないなぁとおもいました。がんばろう神戸、わたしもいい言葉だとおもいます。がんばろう日本、がんばろう高橋大輔

19. 私も同感です。

さかのぼってこの記事を見させていただいたので、
今頃のコメントすみません。
私もののまめさんと同じ気持ちです。

阪神大震災も、東日本大震災のゆれも偶然なんですけど経験しました。
どちらも震源地からは離れていたので、今でも無事にいます。

私も大ちゃんの震災のチャリティーに対する思い・・・
「一個人として出来ることはそんなに無いかもしれないけど、
被災された方の気持ちには寄り添うことだけははできると思います…」
というスタンスの関わり方がさりげなくて本当に素敵だなと思っていました。
一番最初の東日本大震災のチャリティーの時に、
「高橋大輔の名前が使えるうちはずっとずっとチャリティーを続けていきたいです。」
「使えなくなっても何かの形で続けていきたいです・・・」と
おっしゃって下さったのが本当に印象的でした。

今日になってなぜこんなことを書いたかというと、
昨日のTBSの番組で震災のチャリティーは荒川さんが主催で、
羽生君が全国60か所をチャリティーしてまわったと放送されたからです。

これは放送局側の報道のミスだと思います。
そういうふうに言われたお二人も本当に迷惑だと思います。
放送局が震災のことをネタにして番組をつくり、
事実とは違うことを放送するのは被災者の方に対して本当に失礼ですし、
真摯にチャリティーに向きあって協力している方々にも失礼です。

今年も神戸の東日本大震災のチャリティーに行ってきます。
もう4回目になるんですね。
1回目からのチャリティーの募金の総額も4回目の今年で一億円をこえると思います。
少しでも復興のために被災された方々のために、
有効に使ってくださるようにと切に願っています。

20. はじめまして

ののまめさん、はじめまして。昨日ここへたどり着き、ののまめさんの文章に引き込まれているところです。
私はニースのゆづのロミジュリを何度もリピし、男子フィギアに夢中になった新参者です。でも、最初はゆづをリピしていたのにいつのまにか大ちゃんのブルースのとりこになった大ちゃんファンです。
そしてこのところゆづの演技中の顔やインタビューの言葉を聞くことができない自分がいて、それこそ嫉妬なのかとおもうこともありましたが、
まさしく自分の気持ちをそのまま文にして分析できたようですっきりした気持ちになりました。
私も大ちゃんの心が表れている演技が大好きなのだと、声を大にして言いたいです。
フィギアに関わらず、自分自身の想いを冷静に分析して、感情だけではなく言葉や文章にできたらどんなにか人とのかかわりもうまくいくだろうかとそんなことまでも考えさせられてしまいました。
これからも楽しみにおじゃまさせていただきます。一言お礼を。

21. Re:はじめまして

>パプリカさん
はじめまして、私もニースロミオは結構リピしました。あの時だからこそできる純粋さを演技に感じてたんですけどね。今はそれすらも演出にしちゃってるから、そこがどうしても受け入れられず。大ちゃんの場合は演出ではなく内からあふれ出る情感でもって感動させてくれるので、そこがたまらない魅力ではないかなと思っています。
こうすれば受ける受けないのではなく、自然に溢れ出るものが感動につながる、それはテクニックだけでなく人間性でもあるのではないかなと思っています。ローリーが小手先だけの演出を大ちゃんは好まないというようなことを言っていたかと思うけれど、まさにそれなんです。
ちょっと熱く語ってしまった。
結構コメント欄でも大ちゃんファンの皆様が、いろいろ語ってくださってるので、ぜひコメント欄も読んでみてくださいね。

22. 私も東北人です。

こんばんは。
いつも、ブログを楽しませて頂いております。
私も東北人…
増して、原発持ってる県に住んでいます。
震災当時は、子達とも別の場所におり、
長女は、海沿いの学校にいました。
津波とは?
そんな余裕はありませんでした。
長女の学校まで、いかに早く着くか…
気がつけば、海沿いを慌てて運転していました。
幸い、地形に恵まれていたようで、長女は学校で待機していました。
家族全員再会できたのは、翌朝でした。
すぐに、原発がおかしくなり、私達が住む町もゴーストタウンと化しました。
今は、政府からは、避難地区扱いされていないので、無事に生活しています。
羽生くんのリンクが被災した事…
こちらでも、大きく取り上げていました。
私も、最初は同じ東北人として、応援した覚えがあります。
でも、長くは続きませんでした。
19歳の彼の口から出てくる言葉には、
うまく表現できませんが…
まだ、早い。
と、感じることが多々あります。
私の考えが古いのか…
個人的に、年相応の言動に好感を覚えるタイプなので…(笑)
あまりに、押し付けがましいのが、苦手なのです。
自分では、そう理解しています。
現在の私は、ののまめさんと全く同じです。
町田くんの、言動はユニークで、嫌いじゃありません。
時々、心配にもなりますが…(笑)
人柄とスケートは、似ると思います。
そんな、高橋大輔を同じ時代に生きて、応援できる事を幸せに思います。

長々失礼致しました。

23. Re:私も東北人です。

>ぴあっちさん
この3月にワールドを見に行ったんです。生で見るとゆづもやっぱり凄いやと思ってスタンディングオベーションして拍手しました。私のまわりにいた人たちもしていました。
誰もファンというのでもなくワールドを世界感を楽しんで。そんな余韻のなか家に帰ってニュースを見たら、ゆづが
「高橋選手がいなくても満員だった」
みたいなことを言ったので、気持ちよくゆづも含め選手たちに声援や拍手を送ったのに、裏切られた思いをしました。
あの場にはまちがいなく半数くらいは大ちゃんファンだったんじゃないかと思います。
大ちゃんが出ていないのに、トイレ休憩や帰り道、大ちゃんの話をしていた人たちが多かったので。
あのワールドの暖かな雰囲気は多くの大ちゃんファンが下地を作っていたと断言できます。
彼がどういう思いで大ちゃんがいなくても満員になったというような事を言ったのかさだかではないけれど、でもそのまんまなんだろうなと思いました。
どうしても彼の発する言葉は私には受け入れられません。
ただまだテレビでインタビューをそれほど受けてない時も雑誌のインタビュー記事を読むたびに、ちょっとこの子の考え方にはついてけないなと思うところがあったので、合わないのはしかたがないなと思ってます。
今日大ちゃんが今後の事をかたり、新シーズンは試合には出ないといいました。
私はいいことではないかなと思います。
この一年、大ちゃんがちょっとフィギュアと距離をもったところから見て、フィギュアの世界をどう動かしたいのか考えて欲しいので。
しばらくは我慢ですね、私たちも。
でも未来のために。
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